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私の中でプロ野球の名監督と言ったらこの4人が浮かびました。

私が選んだ名監督4人の経歴

私の中でプロ野球の名監督を言えと言ったら、この4人が浮かんできました。

他にも、素晴らしい実績を残した人ももちろんいるわけですが、やはり、インパクトなどや理論性を考えてみてこの4人を選びました。

日本のプロ野球の名監督四天王と言えるのではないかと思います。

もちろん、なんでこいつが名監督?と言う人もいるかも知れませんが、私の独断と偏見で勝手に決めさせていただきました。

経歴なども含めて書いてみました。

川上哲治は名選手であり名監督

川上哲治氏はプロ野球ファンであれば知らない人はいないと言われるほど著名な選手であり監督であった人です。

川上哲治氏は1920年熊本県出身で熊本県立工業学校卒となります。

卒業後は東京巨人軍に入団して大活躍。

その打撃センスは卓越しており「打撃の神様」と言われていました。

現代でも2,000本安打は打者としての一流の証ではありますが日本のプロ野球において2,000本安打を一番最初に記録したのは川上哲治氏となるのです。

終戦後は赤バットとして名をはせ巨人軍の黄金時代を築きあげた選手なのです。

川上哲治氏は監督としても優れた才能を発揮します。

現役引退後は巨人軍の監督として手腕を振るい、徹底した理論を貫きとおし、今でもどこの球団もなしえていない9連覇を成し遂げています。

この9連覇もリーグ優勝の9連覇だけではなく日本一になっての9連覇ということに大きな価値があると言えそうです。

のちの大選手である王貞治氏や長嶋茂雄氏、他のプロ野球選手たちにも多大な影響を与えたプロ野球界においてはドンとも言える存在だったのです。

2013年に93歳で亡くなっています。

仰木彬は、天才イチローを育てた

仰木彬氏は1935年生まれの福岡県出身のプロ野球選手であり監督だった人となります。

現役時代は昔の西鉄ライオンズで二塁手として活躍をした選手です。

正二塁手として活躍した選手で西鉄の黄金時代を支えた一人とも言えるのですが、仰木彬氏は選手としてよりも監督として心に残っている人が多いかもしれません。

現役引退後は西鉄のコーチを経て近鉄のコーチ、近鉄の監督、オリックスの監督を歴任しています。

監督としての采配は素晴らしく、その采配は常識に捕らわれることなく仰木マジックと言われもてはやされました。

特にオリックスの監督時代にはイチロー選手や田口壮選手などの才能を見出し、起用したことは有名です。

また、監督として最後の仕事となった2005年のオリックス時代の最終年は癌に冒されているのを黙って監督業を行っていたことも今現在ではわかっており最後まで野球に尽力した人生を送ったと言うことが言えます。

2005年のシーズン終了後オリックスのSAに就任後の12月に70歳で亡くなっています。

とにかく人情味があふれる名監督で多くのひとが慕っていたことがよくわかります。

野村克也と考えるID野球

野村克也氏は京都市出身のプロ野球選手あり監督、野球解説者としても活躍をしている人となります。

1935年生まれで京都府立峯山高校出身です。

1954年から27年間プロ野球選手として活躍し南海ホークス、ロッテオリオンズ、西武ライオンズでプレイしていました。

引退後はヤクルトスワローズ、阪神タイガース、楽天ゴールデンイーグルスの監督を努めたことでも知られています。

現役時代は様々な記録を打ち立てています。

通算試合出場数も歴代2位で安打、本塁打、打点、塁打数も歴代2位となっています。

いずれの記録も基本的には捕手として成立している記録だと言うところが野村克也のすごいところだと言えます。

監督時代にも野球の理論や技術には卓越したところを見せており名監督だったと言っても良いでしょう。

野村克也の考え方はその後のプロ野球選手や監督にも大いに影響を与えていると言っても良いでしょう。

妻は野村沙知代氏、息子には元プロ野球選手の野村克則氏、継子に団野村氏、ケニー野村氏がいます。

解説者としても人気が高くノムサンの愛称で今でもみなに愛されているのです。

落合博満は三冠王を取っただけではなく監督としても優秀な人材

落合博満氏は1953年生まれの秋田出身のプロ野球選手であり監督を努めた人です。

現役時代はロッテオリオンズに入団から始まって中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツ、日本ハムファイターズに在籍していました。

その打撃ンセスと能力は天性のものもあるでしょうが卓越しており日本プロ野球史上、3回もの三冠王を達成しております。

1回でもなかなか成し遂げることが出来ない記録なのに3回も達成しているのはいかに優れた選手であったかがよくわかるというものです。

現役時代引退後は2004年からは8年間中日の監督として指揮を執ります。

名選手は良い監督にならないと言われていましたが、それを覆すがごとく素晴らしい戦績を残しています。

在籍間に4度のリーグ優勝と1度の日本一、全てAクラスという偉業を達成しているのです。

現在は中日ドラゴンズのゼネラルマネジャーとして手腕を奮っています。

プロ野球選手、監督としての落合博満氏は非の打ちどころのないほどに大活躍をしたということが言えるのです。

また、落合博満氏の妻は信子氏となりタレントとして活躍しています。

恐妻家のイメージがあるんも落合博満氏なのです。


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